みなさん、こんにちは運営委員Fです。
いつも自己発見の会の活動にご理解とご協力をいただきまして、ありがとうございます。

早いものでもう6月下旬です。少し前の話になってしまいましたが、久しぶりに行動制限のないGWだったので、ご旅行やイベントを楽しまれた方も多いことでしょう。その後も感染者数は余り増えなかったし、3回目のワクチン接種が進んだおかげかコロナ禍の第6波は収束してきたと期待しています。もうそろそろ、気兼ねなく旅行に出かけたり、人と会食できる環境に戻ってほしいですね。

旅行が好きという方は結構多いのではないかと思いますが、かくいう私もずいぶんと旅行が好きな部類の人間だろうと思います。今回は人生の最初の頃の旅に関する思い出を振り返ってみました。

覚えている最も古い旅のようなものは、三歳ごろおばあちゃんの家で数か月暮らした記憶です。自宅とは違う環境で暮らしたことは今も心に残っています。近所のおじさんにドライブに連れて行って頂いたり、近所のお宅に上がり込んでそのお宅の子どもさんのおもちゃを勝手に使い壊してしまったり、いろいろ迷惑をかけた思い出があります。ご近所でも、自由奔放な行動でずいぶん手間をかけたようです。

具体的に思い出したことを二つご紹介します。

その地域では自衛消防隊が組織されていて、地域の初期消火を担っていました。高さ10M くらいの火の見櫓のような施設がありました。火事の時には消防隊の方がはしごを上り櫓の上に吊っている半鐘を鳴らして地域に火事が発生したことを知らせるための物でした。それに登ろうとはしごにしがみついているところを近所の方に見つかり、降りるように促されたのですが、いやだと駄々をこねました。困った近所の方は「おばあちゃんに言うで!」とひとこと。「降ります!降ります!」とすごすごと降りた話をおばあちゃんが笑い話のように語っていたことを思い出します。

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もう一件のエピソードです。ある時、おばあちゃんのおうちからバスで5駅ほど先にある小学校の運動会に連れて行ってもらいました。あまりの楽しさに、翌日も小学校に行きたくなり一人で出かけてしまいました。二駅ほど先まで進んだところで、近所の方に見つけていただき確保されたこともあります。そんなことからでしょう。大工さんに頼んで門から外に出られないように柵を作ってもらっていました。自分のための柵とは理解していなかったので、邪魔な柵だなぁと思いながら隙間を見つけて通っていたものです。

そういえば、時々漢文の暗唱をさせられたのもこの頃でした。五言絶句程度の短い漢文ですが、覚えたら遊びに行ってもよい、という風に仕込まれていました。そのおかげか、高校の漢文の授業はとっつきやすく得意科目になりました。反対に古典はなじみが薄く同じ程度の勉強の仕方ではぼろぼろだったことも苦い思い出です。

さて、記憶に残る2回目の旅は、幼稚園の時に母と行った関東への旅です。大阪に住んでいたので、新幹線に乗っての大旅行でした。叔母宅と、親戚のようにお付き合いいただいていた方のお宅を訪問しました。上野動物園に連れて行ってもらい、ライオンとクロヒョウのぬいぐるみを買ってもらったのですが、嬉しくて長い間大事にしていました。楽しい思い出です。

記憶に残る3回目の旅は、2回目の旅の半年後くらいだったと思いますが、幼稚園を卒園した春休みです。母と行ったコースを一人で行かせてもらうことになりました。叔母宅には2週間、知り合いのお宅には3日泊まらせてもらいました。一人旅と言っても、新大阪で新幹線に乗せてもらい、東京駅まで叔母が迎えに来てくれていましたので、約3時間一人で椅子に座っていただけです。

贅沢なことにグリーン車に乗せてくれ、隣の席の見知らぬおじさんに母が「よろしくお願いします。」と頼んでくれていました。グリーン車でのんびりしようとされている見知らぬおじさんは突然幼稚園の子供の子守を頼まれ迷惑したことでしょう。新幹線ではリュックに入れてもらったお菓子を食べ過ごしていたように思います。隣のおじさんにお菓子を進めたのですが、丁重にお断りされました。どんな話をしたかは覚えていないのですが、怖い人という印象は残っていないので、親切にしていただいたんだろうと思います。

旅の間、勝手知ったる叔母宅で、従弟と楽しい毎日を過ごし、いろいろやらかして叔母に迷惑かけた思い出もちらほら出てきます。旅も終盤に入り2軒目の知り合いのお宅で布団に入っているときにようやく「我が家のことは恋しくないのか?」とふと我に返りわざわざ寂しい気持ちになって涙がでないか試してみた記憶があります。少し出ましたが、すぐ寝てしまいました。

このように一人でいることにあまり寂しさを感じないのか、大人になった今でも、旅行や出張などは単独行動が多いです。家族や同僚には一人で出かけて不安や寂しさはないのか?と聞かれることがあります。寂しいよりは、一人になったら何をしようと楽しみにしているようです。自分のやりたいこと中心な考え方なので、もう少し人の役に立つことが楽しみに感じるような視点に成長した方がよいのかとも思います。でも、一人でいられるのは周りにいろんな人がいてくれるという安心感があるからだと感じています。

もう一回高校生くらいからやり直したいわぁと友人に言ったことがあるのですが、「人生は巻き戻しできへんで、やろうと思う今からスタートすればええんよ。」と言われました。内観学会沖縄大会の大会長講演で長田清先生が「みんな同じように、残された人生は刻一刻と短くなっている」とおっしゃっていました。まさしくその通りで、自分の人生がどれだけ残されているかはわかりませんが、家族や周囲の人たちとの時間を大切に、そして楽しみながら、日常という旅を積み重ねてゆきたいと思っています。

今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。 次回もお楽しみに!