内観の感動を伝えたい

創始者 吉本伊信

吉本伊信の生涯

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西暦 できごと
1916 誕生 奈良県大和郡山で事業家の父と信仰心の厚い母の下に生まれる。
1924 妹チエ子、風邪がもとで死亡。母親ユキエは「娘の魂が救われて欲しい」とお寺参りなどに熱心になる。その姿に影響を受け、吉本伊信も「正信念仏偈」を暗記した。
1936 浄土真宗の一派に伝わる修行法「身調べ」を体験。
1937 「身調べ」4回目の挑戦で、一念に会う(悟りの一種)。以後この感動を一般の人にも広めることに情熱を注ぐ。
1940 森川産業有限会社(のちの㈱シンコール)の社長になり、内観普及と商売に励む。
1941 「内観法」という言葉が使われるようになり、現在の内観法の形式が確立した。
1949 結核のため病床につくが、闘病中も内観普及と商売に励む。
1953 結核が治り、事業から引退。大和郡山に内観道場を開設。
1954 奈良少年刑務所の篤志面接委員になる。
1957 内観道場を「内観教育研修所」に改称。
1960 紺綬褒章を授与される。
1968 ①お世話になったこと ②して返したこと ③迷惑をかけたことの内観三項目を確立する。
1970 内観研修費を有料化する。
1971 内観教育研修所を「内観研修所」に改称。
1975 藍綬褒章を授与される。
1976 脳血栓で倒れるが、加療により回復し、内観面接を続ける。
1986 脳血栓の再発で十日間入院する。
1987 内観面接中に倒れ、脳血栓で入院したが一週間で退院。内観面接を続ける。
1988 73歳で永眠 勲五等瑞宝章を授与される。

故吉本伊信(1916~1988)は 大正時代、奈良県大和郡山で事業家の父と信仰心の厚い母の下に生まれました。

20歳の時に仏教の求道法「身調べ」を体験し苦心の末、大歓喜を得て、身調べから宗教色を取り除き現在の「内観法」を確立しました。

吉本伊信は内装業の「シンコール」という会社を立ち上げ、事業で経済的地盤を築いたのち、内観寺に内観道場を開設し内観を矯正界・教育界・医療界へと普及したのです。

内観研修所をはじめた頃は戦中で物質的に恵まれていない人が多く、そのため研修費は無料でした。 刑務所から内観をひろめたというのも、 吉本伊信の「社会的に底辺の人達に救われて欲しい」という願いがあったからです。

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